生涯英語 〜ラーナーズサロン運営者のブログ〜

英語学習のコツや英会話に関すること、アメリカ文化について紹介していきます。

【外国人恐怖】日本でよくある「外国人を避ける」「外国人だから職務質問」これは差別か?

黒人差別は日本にもあるのだろうか。以下の記事では黒人男性とその妻(日本人)の経験として、二度見されること、(物理的に)避けられること、黒人は注意した方がいいと忠告を受けたことが挙げられている。しかし私の考えでは、それらの行為は「黒人差別」というラベル付けをされるのには十分でない。

日本人は白人や黒人を避けがち

なぜなら外国人へのそういった扱いは黒人に限ったことではないからだ。私のパートナーは白人だが、ショッピングモールへ行けば多少の注目は集めるし、電車に乗れば誰も隣に座ろうとしない。2人でレストランへ行くと注文をとるウェイターは私の方しか見ない。先程の行為が差別ならこれらも差別だろう。

しかしBLMの文脈でこのような「日本人が外国人を避けたがる」ことについて話をするのはあまりにも酷に思える。というのも日本人の場合は、外国人嫌悪というより、外国人恐怖がそのような行為の動機であることが多いからだ。下等なものとして下に見ているのではなく、異質なものとして恐れているのだ。

嫌うというより遅れている

日本人には、そもそも白人や黒人をまるごと「嫌う」だけの十分な理由がない。織田信長の時代から日本人は白人と仲良くしていたし、第二次大戦も、その歴史が原因で今も白人が嫌いだという人は今では少数派だ。一方、黒人に至ってはこのような日本人との接点すらほぼ無い。

だから、白人や黒人を避けることに関しては、「嫌いはしないが、個人的にはよく知らない人たちなので、一応近寄らないようにする」というのが日本人の気持ちだろう。それが結局差別なのかどうかは差別の定義にもよるのだが、いずれにしろ「黒人差別」という名前を与えるのは違うだろう。

先程紹介した記事ではいつも使っている自転車が盗んだものだと何度も疑われ職務質問を受けたという経験についての記述がある。しかしこれは白人だろうとナニジンであろうと外国人であれば起こることだ。暴力、犯罪としばしば結び付けられるアメリカの黒人の職務質問とこれが一緒だとするのはおかしい。

外国人差別」と呼ぶことも問題

百歩譲って「外国人差別」とするのもまた日本人が可哀想だ。また現在の日本でいう外国人差別は、技能実習制度に端を発するアジア系外国人の扱いのイメージが強い。それはそれで闇が深くれっきとした社会的問題であり、同じ名前を与えることで、黒人・白人の扱いとそれを同列に語るのは無理がある。

しかしながら、外国人が犯罪を疑われるという出来事はたしかに問題を孕んでいる。外国人を恐れるからこそ何かあると彼らを疑ってしまう。つまり恐怖の底には常に彼らへの疑いの気持ちがあるのだ。これが発展すると、外国人恐怖は外国人嫌悪に変わる。この事実は認めなければならない。

まとめ

まとめると、日本人が街中で黒人や白人を避けてしまう現象、これに「差別」というラベル付けをしようとするのであれば、もう少し検討が必要だ。黒人・白人に慣れていない日本人だから仕方の無いこととはいえ、たしかに、好ましい状況とは言えない。将来どうなるかは、次世代への教育次第だと思う。

また私は、英語教育がこの状況を改善できると信じている。異なる言語を学ぶことは、異なる文化を学ぶこととイコールだ。英語を学ぶことと外国人恐怖の関係性については、他の記事で書きたいと思う。