生涯英語 〜ラーナーズサロン運営者のブログ〜

英語学習のコツや英会話に関すること、アメリカ文化について紹介していきます。

アニメの翻訳家が、1話80ドルの報酬でも文句を言ってはいけない理由

フリーランスでやっているのなら、クライアント(もしくは現実)に文句は言えない

誰もがわかっていることだが、近年、AI(人工知能)の進化がめざましい。AIは人間の職業を奪うと言われているし、それは徐々に始まっているといって間違いないだろう。翻訳業はその一つ。そんな中、日本語のアニメを英語に翻訳したり、字幕を挿入する仕事に従事している人たちから、報酬が低いという愚痴が聞こえてくることがある。1話で大体80ドルから90ドルが相場なのだそうだ。私にとっては、そんな簡単な仕事で90ドルももらえるなら、ぜひ私が引き受けたいと言いたいぐらいだが、それで生計を立てようと思えば、彼らにとっては足りないのかもしれない。ただし、その悩みは自分がどうにかしない限り解決しないだろうというのが私の考えだ。翻訳会社に勤めているなら会社に文句を言えばいいが、フリーランスで翻訳業を行なっている場合は、クライアントの報酬がそのまま自分のものになるから、クライアントに、もしくはこのような低料金で作業を引き受けなければならないという現実に文句を言いたくもなるだろう。しかしそんなことをしていても少しも状況は変わらない。

アニメの翻訳は簡単

今の時代、アニメの翻訳はシンプルな仕事だ。まずアニメそのものが、小説と違って言葉の響きに深い注意を払う必要がなく、また話し言葉であるため、比較的簡単である。例えば、「100円パクられた!マジありえねえ!」というセリフを訳そうとするとき、I had my 100 yen stolen! I can't believe it! でOKが出るということである。正しくて意味が通っていればいいから、ニュアンスとか細かい部分は気にしなくていいという、そもそもがそういう世界なのである。

次に、今の時代、機械翻訳・AI翻訳が存分に活用できる。つまり完璧に翻訳しようと思えば、彼ら機械による翻訳に少し手を入れるだけで大体事足りる。知っている人も多いと思うが、例えばDeepLという、無料の翻訳ツールを提供しているサイトは、我々が想像する「カタコト機械翻訳」の域をはるかに超えたクオリティを実現している。以下に、お馴染み、機械翻訳の代表Google翻訳と、DeepLの翻訳のスクリーンショットを掲載するので、見てほしい。違いは明らかだ。

Google翻訳

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DeepL

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以上を要約すると、アニメの翻訳は非常に簡単な仕事であるし、このように便利な翻訳ツールが利用できるようになっているため、そもそも人を雇う必要自体なくなる可能性が出てくる。だからアニメの翻訳家たちが、今と同じ仕事内容で、もっと稼ぎが欲しいというのであれば、それはだいぶ難しいだろうと言える。そもそも、さらに稼ぎが減る確率が十分にあるのだから。

しかし、アニメ翻訳家に、現実を受け入れて死ねと言うのはあまりにも酷だし、私もそういう風に突き放すよりは、この先どうすればいいかを一緒に考えた方が、まだこの話をする意味があると思う。そこで私は彼らに提案したい。報酬を増やしてほしいというのなら、それなりの付加価値を自分で生み出してみたらどうなのか。

付加価値を生み出そう

自宅に芝刈り機があるのに、芝刈サービスを依頼する人がいるだろうか?芝刈り機を持っている人にもアピール出来るサービスを思いつけば良いのだ。例えば、定期的な芝刈りに加えて、庭の花に水をやり、犬も散歩させますよと言うなら、サービスとして悪くないかもしれない。芝刈りだけだと、いやうちには芝刈り機があるから、という反応になるが、その他にも色々やってくれるとなると、それは便利かも…と思ってもらえる可能性があるということだ。この考え方は翻訳業にも活かせると思う。データの編集に関わる一切の作業もまとめて代行するとか、かなり速いスピードで納品が可能とか(AIはかなりのスピードで翻訳してくれるから、とりあえずAIに大まかに訳してもらった後で、細かい部分を手作業で修正するというやり方なら、一から人間が訳すよりもより正確でより速く完成するよね)。結局、AIが訳しても人が訳しても結果が変わらないというなら、AIに訳させた方が絶対に楽だしより正確になるのだから、翻訳者はAI翻訳と手を組まざるを得なくなるだろう。

もちろん、翻訳に加えて他の作業も引き受けるということになると、望んでアニメ翻訳家になった人々にとっては、これは自分が本当にやりたかったこととは違うと感じることもあるかもしれない。ただそれが趣味ではなく仕事で、お金をもらってやっていることだということを忘れてはいけないだろう。需要のないところに供給をしても稼ぎは出ない。どういうサービスにすれば需要があるかを優先して考える必要がある。

 

好きな仕事をあきらめる必要はない

しかし、需要に合わせてサービス内容を再考するということは、好きな仕事を諦めるということとイコールではない。好きでアニメ翻訳家になった人は、日本語やアニメが好きでその仕事についたのだろうが、日本語やアニメの知識が活かせる仕事は現時点で他にもあるし、これから新しい仕事が生まれることも十分に考えられる。エルメスは馬具の需要低下をみて、皮革加工の技術を活用して鞄を作り始めたし、任天堂花札やトランプを製造していたが、カードゲーム市場が飽和したため、製造機器の整備を担当していた人物を開発部門に抜擢し、家庭用ゲーム機の製造に活路を見いだした。柔軟に考えれば、自分のスキルが活かせる場所は必ず見つかるのだ。

それにそもそも、ここまで言っておいてなんだが、アニメ翻訳の需要が完全に無くなるまでにはまだ少し時間がかかるだろうと思う。例えば日本語の言葉遊びだったり、日本人向けのパロディやジョークをAIが柔軟に翻訳するのはまだ難しいだろう。もちろんAIが進歩して、それらも容易にできるようになる可能性はあるが、少なくともそれまでは、そういった能力もセールスポイントになるだろう。海外でアニメファンの人口が増えるに伴い、より多くの視聴者を獲得できるような、より凝った翻訳が求められるようになることは考えられるし、人による翻訳であるということに焦点を当てたアピールはまだまだ行う余地がある。何にせよ、現状のままで文句を垂れるよりは数百倍マシだろう。

 

おわりに

今回はあまり英会話とは直接関係のない話題になってしまったが、AI翻訳に関わる話題の延長線上にはいつも、「AIが英語に訳してくれるなら、人が英語を話せるようになる必要ないのでは?」という意見が出てくるという点は見逃せない。これについてはもちろん後日記事を書くことにするが、簡単にこの場で言っておくと、AIが英語を話せようが話せまいが、英語を話せることは一つのスキルとして尊重され続けるし、英語スキルの価値が下がることはないだろうと言いたい。また、小中学校での英語教育が強化されるようになり、現在大学生や、いわゆる若者の範囲に入る人々は将来、「英語が流暢な部下」に対面することになるだろう。やがて、日本人であっても英語が話せることが当たり前になるかもしれない。そんな世界にいてもあなたは、自分が英語を話せないことに耐えられるか?という話である。日本中がそういう風になることは現実的でないとしても、会社単位で英語の使用が当たり前になることは十分に考えられるのではないかと思う。

というわけで、翻訳家や、日本人で英語を話せる人は、進歩し続けるAIを目の敵にすることもしばしばあるのかもしれないが、私はとりあえずAIとは仲良くしておいたほうがいいし、あなたが思っているより現実は悪くないよと言いたい。英語学習を続けている人は、AI翻訳が進化するからといってこれまでの努力が無駄になることは決してないので、ぜひ集中して学習を継続し、英語力を磨いていってほしいと思う。